平成29年3月5日(日)

主催:横浜歩け歩け運動連合会

〇青空と緑・自然とふれあいウォーク 28-⑯ 10㌔

馬込文士村

一時期、有名作家のほとんどが集結した、文士の村を散策します。

集  合:午前9時00分 
場  所:本蒲田公園
コ ー ス:本蒲田公園~梅屋敷~池上本門寺~区立郷土博物館~山王草堂記念館~尾崎士郎記念館~大森駅

 今年初の東京遠征ウォークでした。
 東京は好天を恵み、横浜からの団体を暖かく迎えてくれました。 感謝、感謝!!

本蒲田公園で出発式

スタッフによるコース説明

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 蒲田の駅前周辺はアロマスクエアーを中心に、アプリコホール等大変貌です。
 吃驚したのは、昔々このあたりをテリトリーに営業していた頃を思い出したからかな。
 出発して「稗田神社」での列詰、また「聖蹟梅屋敷」での給水・休憩。


梅屋敷公園の歴史は江戸時代に和中散(道中の常備薬)の売薬所の敷地3000坪に梅の木数百本と花木を植え、東海道の休み茶屋で、当時は梅の名所として賑わい、また明治天皇が気に入り、9度も通ったと記録されています。
その後、所有者が変わり面積も小さくなり、昭和28年より区立公園となりました。約100本の梅の木が植えられています。

聖蹟梅屋敷に到着

 残り「梅」が名残惜し気に待っていてくれたようです。アー!!の歓声が!!

園内には残り梅が迎えてくれた。

 呑川沿いを歩いていく。陽光にあたって少し汗ばむ。

 池上本門寺到着。ここから大苦行?「此経難持坂」(シキョウナンジザカ)96弾。

大苦行の石段登り

 登り終えると、そこは荘厳な本堂。(日蓮宗の総本山だけのことはある。か…)

本門寺境内

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 境内の墓地(横歩連では、別途企画「“ボチ・ボチ”ウオーク」がある)には力道山、大野伴睦、児玉誉士夫等の――時代を築いた有名人たちが眠っています。
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 広い境内を満喫して「松濤園」を覗きました。
 江戸末期、勝と西郷が「江戸城無血開城を約した」地として名園です。

松 寿 苑

 一路、文士村へ。  
 途中寄り道。大田区郷土博物館へ。明治初期にモースによって発見・発掘された、貝塚の遺跡・品が「大森貝塚」遺跡として展示されています。
 文士村貝塚遺跡[歴史の街]ですね。
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 馬込文士村とは? そこに村があるわけではありません。
 由来は大正末期から昭和期、この地区――馬込、山王、中央地区に多くの作家や、芸術家が集まり住まいし、交流したことによります。
 徳富蘇峰邸跡(山王草堂)尾崎士郎邸跡、共に記念館として入館・参観が可です。

 尾崎による「人生劇場」に描かれた青春謳歌の舞台そのままの光景だったのだろう。
 ――集まり散じて――W大校歌に歌われた自由で闊達な広場。
 さぞ楽しく、活発な場だったのでしょう。
 名をあげるだけでも川端康成、山本周五郎、萩原朔太郎等々、50指に余る著名人が住まいしていました。
 今にして思えばすごいことですね。
 編集者にしてみれば、隣組回りで文芸雑誌が、編集できてしまう便利さもあったのかな。
 興味ある方にとっては、散策して楽しもうとすれば、時間はいくらあっても足りないでしょう。今回はこれ位で。 

解散式の天祖神社

 解散式を終え、皆さん今日はお疲れさまでした。

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帰りは馬込文士村散策の道を通ります。

馬込文士村の住人レリーフ

 最後に「花子とアン」(NHK朝の連ドラ)のモデル、村岡花子の訳書[赤毛のアン]より――曲がり角をまがったさきに、なにがあるのかわからないの。でも、きっといちばんよいものにちがいないと思うの。――
 曲り角の先に良いことがありますように。 
 元気にウオーキング!! 

 文:貝藤 / 写真:和田